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かたちには心が表れる

まず内容を心にきざむ、形はあとからできてくる

テクニックを身につけてから、曲の音楽表現ができるようになる。そう思っていませんか?

それは半分正しいです。でも、逆の場合もあります。表現への意欲がテクニックを導くというはたらきもあるのです。

 

はじめて1年半ほどたった生徒さんのレッスンでのこと。基礎練習もだいぶ身についてきて、いい響きの音が出せるようになってきました。それがある曲になったとたんに音がかたくなり、響きも薄くなってしまいました。手の形はくずれ、腕にも力が入っています。つい先ほどの基礎練習で出していた音とは別人のようです。まだ譜読みができていないから、というわけでもありません。譜面はすらすら読めて、自分がどこを弾いているかもちゃんとわかっています。

ではなぜ、その曲になったら弾けなくなってしまったのか?

たとえば文章を朗読するときを考えてみます。文字は読めるけれど、書かれている話の内容についてまるでわかっていない。そんな状態で音読したら、抑揚はないし、変なところで区切っても気づかないし、意味が伝わりにくくなってしまいますね。曲の内容を感じ取れていないのにピアノを弾くと、それに似たようなことが起こります。

作曲者がとらえたイメージ。それが音楽となり、楽譜という形で表される。演奏者は想像をふくらませながら、作曲者がとらえたイメージに近づこうとし、音符が意味するところを読み解いていきます。読み解いて、自分のこころとぴたりと重なったときに演奏者はイメージをあらわすことができます。これは初歩の単純な曲でもそうです。導入段階では弾く前によく歌ってもらいますが、これは声に出していくことで音楽を感じてもらうためです。楽器で弾く時は楽器が声の代わりになりますが、心の中で楽器とともに歌っています。心で歌っていないと、手は音楽と離れた動きを始めてしまいます。音楽と離れた動きで、音符であらわされたリズムを弾こうとしてもうまくはいきませんね。

曲が複雑になってくると、書かれた音符をとにかく弾くことに追われて心で歌うことを忘れてしまうこともあります。そんなときは、その音符はどこからやってきたのか?みなもとの音楽にこころを向けてください。イメージをとらえる手がかりになるのが、タイトル、曲の最初にある表情記号、スタイル、拍子、テンポなどです。

冒頭の生徒さんには、曲の性格やスタイルなどを話し、弾いて見せてイメージを伝えました。わからないまま弾こうとしていた時の無理な力が抜け、音楽に沿った動きをすることで響きもよくなり、先ほどは形にならなかった部分も弾けるようになっていきました。もちろん、基礎練習をつづけてきていたからこそ弾けるのですが、曲の内容をつかんだことで、本来の力がちゃんと発揮できたわけです。

基礎練習と内容を想像する力は両輪ですね。